hitode909の日記

以前はプログラミング日記でしたが、今は子育て日記です

意味付けの意味

EMConfで講演されてた安斎さんの本をせっせと読んでいる。

組織のあり方について、拡大再生産を続けてパイを奪い合う、という軍事的な世界観から、冒険的な世界観に切り替えよう、という本。
個人としてのアイデンティティ探求の場、というのが良い場所だと思う。
EMとしては、みんなが勝手に動き出し、それを整えてあげる、くらいが理想。
動き出し、というのは、開発ロードマップとかそういうことではなくて、理想のソフトウェア開発とは?とか、理想のペアプログラミングとは?とか、未来の読書体験とは?とか、皆の願う理想をもとめる研究活動のこと。

「問いのデザイン」ではワークショップ的に問いを設計する手法が記されている。
ワークショップって、荒い説明では、人を集めて、何か一緒にやってみましょう、みたいなものだけど、理論化されて、こういう論理展開で、こういう形に問いを配置する、みたいな設計手法が紹介されていておもしろかった。

個人的には、一つ覚えで「最悪の〇〇って何だと思いますか?」ってなんでも考えるブームが来ている。
問いを組み立てるときの指針もいろいろ紹介されているので、そういうものを繰り出せるようになりたくて、逆転裁判みたいに、「ここで素朴志向!」とかボタンを押すと、論理が展開される、みたいな練習のゲームがほしい。
ハレとケを意識しましょう、と書かれていたので、年度末の保育園の会議でいきなりクッキーを配ったりしてみていた。


「パラドックス思考」では、相反する問題(パラドックス)を認知したり、克服したり、うまく使ったりする、ということが書かれている。
絶対こっちがいい、みたいなことってあまりなくてどっちも良いけど、両立はできないように見える。関係性をうまく解釈することで、両立しようという試み。
本を読みながら、これってアウフヘーベンのこと?って思いつつも、一度もそんな語は出てこなかったのでちがうかもしれない。

さっそく実践としては、相手の立場を慮るときに、AかBどちらの立場なんだろう?ではなくて、AとBのどんな二軸で揺れ動いているんだろう?と思うようになった。
スタンスが固定されているもの、というよりは、ダイエットしたいけどケーキも食べたくて、日によって揺れ動いているものとして見るようになった。なので、主張が一貫してなくても、おお、揺れ動いている、人間らしい瞬間だ、と感じておけば良い。


ここまでの3冊を通じて思ったのが、板に釘が打たれたりとか、物の置く場所が変わったり、というような、物理的な変化は何もなくて、人間の心の持ち方に作用している。
短期的には行動自体も変わっていないかもしれないけど、本人の中での意味が変わっている。
なので、短期的な、人々の気持ちの持ち方、この作業をすることにどれだけポジティブな意味を見いだせるか、に価値を置かない場合は、質問ばかりしているけどあの人何なんだ、みたいに見られる恐れがあると思う。
長期的には、意味を持った行動を積み重ねると、内発的な動機によって動いているので、一ステップずつ経験として蓄積できて、複利の力でチームがいい状態になりますよ、とか言えるけど、そのためには短期ごとに、意味があるとみなされないと、そういう活動は続けられない。
意味づけにどれだけ価値を見出すか、という、意味付けって意味あるよね、という、意味づけ自体を重視するような姿勢が、冒険、というフレーズに現れてきていると思う。
SASUKEとか見てると、一人ひとりのバックグラウンドがフォーカスされている。バックグラウンドを無視すると、ステージ設計者の思惑を発表するとか、挑戦者を成績順にソートしてビジュアルアートにするという機械チックな扱いも考えられるけど、あくまでSASUKEの主役は挑戦者で、カニ漁を続けながら…みたいな、どういう人がなんのためにこの挑戦をしているのかということが重視されている。
優勝した人が誰だったのかまったく覚えていないけど、カニ漁のことだけは覚えている。結果より意味を重視する、それが、冒険の力ということだと思う。


多摩美の授業がオンラインになっていて、そこで公演も聞けるようになっている。
同僚に宣伝するときに、この本いいよ〜って言ってもなかなか手に取ってもらえないけど、動画ならご飯食べながら見てもらえる事に気づいて、このところ宣伝している。
tub.tamabi.ac.jp

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