最近気に入っている考えは、テクストとコンテクスト。
テクストの解釈にはコンテクストが必要。
いきなりテクストをぽいっとわたされても「おもしろいと思いました」くらいしか言えない。
異世界もの、と言ったときのお約束には長いコンテクストがくっついている。
それを楽しむためには、異世界ものを楽しむために異世界ものをまず習得する必要がある。
週刊誌の世界を見ると年々と続く週刊誌を読み続けているというコンテクストが前提になっている。
よくわからないものに入っていくには、とりあえず摂取していくとだんだんわかってくる。インド音楽をやってる人は普段の服装もインドっぽくなっていく。
映画の世界ではときおり、レンタルビデオ店でアルバイトしながら大量の過去作を見た人物が活躍する。
それはコンテクストをかき集めているということ。
個人的には過去の映画を大量に見た人の作品が好きで、映画を大量に見た前提のお約束を心地よいと感じる。
あとは、インターネット的自己意識。平均的なインターネットユーザーの総意としては、こういうときはこうだよね、という引いた見方。冷笑すぎて嫌な感じもするけど、それが盛り込まれている作品はに引き寄せられてしまう。昔の2ちゃんまとめがあったり、ホットな記事が流れてきたり、で、皆が同じ記事を読んでいると意識が統一されていく。
長年同じランキングを見ていると、このサイトはよく見る、とか、見方がわかってくるけど、最初はよくわからないと思う。
よくわからないなりに摂取していけばだんだん分かってくる。最初苦手でも、何も知らない状態での苦手って曖昧な苦手さであって、摂取し続けていれば、どこが好きでどこが苦手なのか、だんだんわかってくるはず。
ということを、妻と子が応援しているアイドルグループのことが、まだよくわからないな、と思いながら最近よく考えている。
グループメンバーが出演するバラエティ番組(幼稚園児とかけざん対決したりする)をじーっと一緒に見てたらだんだん楽しみ方がわかってきたような、そうでもないような、まだ道は長い。

