hitode909の日記

以前はプログラミング日記でしたが、今は子育て日記です

終わりのない作業が苦手な気がしてきた

終わりのない作業が苦手な気がしてきた。

  • 終わりに向かっているか戻っているかわからない
  • 終わったと思ったけど、完了条件を見誤っていて終わってない
  • 終わったのは事実だけど、もう次のサイクルが始まってしまう

家事はなぜできてるのか考えると、工程をカスタマイズして最適化を試みることができる、とか、工程に納得感があり、無駄がないことがわかっているとか、そういう形になっていると、その過程を楽しめるのかもしれない。
試した結果、油揚げの油抜きはしないことに決められると、効率が良くなってよかった、となったり、朝に米を研いで予約してお茶を沸かして洗濯機を回して、というのを最も無駄のない順でこなせると気持ちがいい。
テレビをスタンドにかけようとしてネジが外れなかったときは、家が良くなっているのか悪くなっているのかわからないという絶望感があった。

繰り返しの中でやり方を調整するのが好きなので、手順や効率をカスタマイズできない立場にいると、だるくてだるくてしかたない、ということになるのかもしれない。
そんなに効率化することあるのかって疑問もありそうだけど、ちょっとずつの変化でもできていると安心で、先週くらいに、家事は最低限これをやれば家が破滅しない、というようなことをカレンダーに入れるようにした。これさえできれば、あとは何がどうなっていてもいいということにしている。
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大学の講義について考えると、単位をもらうためのゴールは固定で、プロセスも授業に出るという形で決まっていて、試験で59点なら一律で単位はもらえず、もう1年同じサイクルが始まる、という形で、だるくてだるくてしかたなかった。