劇の面白さ、それは舞台設定にある。
まず舞台が提示されて、その上で人物たちが活動する。
この舞台のうえでこの活動をするのはどう?という構造がある。
なので、舞台設定をおざなりにしてはならない。
舞台設定が薄いものとしては、漫才というのがあって、漫才では基本的に会話だけで物事を進めていき、話者たちがどこでどういう状況で話しているかはおざなりにされている。
〇〇ってありますね、と話題に出すことで対象を選んでいく。対象を批評するという形。
これがあるものとしては、ショートコントで、これは舞台設定あり。これは演者がその世界の人物になる。
劇としては舞台設定ができたら、もうあとはどうとでもおもしろくできるはず。
舞台設定が「保護者たちが卒園式に向けて会議している」だったら、そこを作ったうえで、会議と離れる変なことをしたら、それだけでおもしろい。
そこをサボって、保護者たちの会話、だけになってしまうと、リアリティがなくなり、そこからどうなったらおもしろいか、という、ワクワク感もなくなってしまう。
小道具として打ち合わせ机を置いておくだけでも、そこで会議しているうちに自然と忍者としての修行が始まったらおもしろい、ということになるし、コピー用紙とペンでも置いておいて、忍者走りの方法についてメモしてたらおもしろい、ということになる。
この話はシャノンの情報理論を使って説明できる。
メリーポピンズがおもしろいのは、ある程度現実レベルの高い家庭に、傘を開いて空中からおばさんがふってくるところ。予測可能な世界に対して、突然、予測不能なことが起きる、というのは、確率の低い出来事で、情報量が大きく、驚きにつながる。
最初からドラゴンとかが飛び回っていたら、そこに空中からおばさんが降ってきても、なんの違和感もない。最初から予測不可能な状態にあっては、何が起きても珍しい出来事とは感じられず、情報量が小さく、驚きも生まれない。
解説
卒園式の劇のセリフを覚えるということをせず、今の劇がなぜおもしろくないのか分析していたら、このような考えに至ったのだけど、卒園式は今週土曜日であり、もうどうすることもできない、という日記。