計画を立てるとき、取り得るパターンを網羅して、どんなリスクがあるだろうか、とじっくり検討する。
これの場合はこうなる、とか、考慮漏れがないように、みたいな事を考え続ける。
同じことを、人間対人間でやる必要はなくて、一番これをやりたいです、でいい。
つまり、もし相手が都合のいい状態な場合、自分としては、こうだったらうれしいです、という一番ラッキーなシチュエーションを提案すればいい。
コーヒーゼリーが余っているのを見たときに、いらないんだったらちょうだい、って言ってみる。
本当に相手がいらなくて、自分がもらっていいなら、コーヒーゼリーは捨てられないし、自分はコーヒーゼリーを食べられるし、相手はコーヒーゼリーを食べても嬉しくないし、食べなくてもいいと考えているなら、全員が幸福な状態になる。
でも実際には、まだ手を付けてないだけだったり、コーヒーゼリーを持って帰ろうと思っているとか、いろんな事情があって、ただコーヒーゼリーをもらえることはないんだけど、自分と相手の希望が出揃ったら、お互いが納得する点がどこか、と合意に向かって進むことができる。
こちらから意見を出してみて、違ったら、相手からちがう意見が出てくるので、それでいい。
最初からノーと言われないために調整してもあまり意味がなくて、相手のスタンスも揃えたうえで結論どうするか決めればいい。
もちろん、ものすごく無礼、とか、非合理的な提案をする必要はない。たとえばコーヒーゼリーを買ってきてもらって、それを無償でもらう、とか。
昔いた同僚が、こういうスタンスをさっと決めるのが上手で、ベトナム料理屋に行ったら、デザートが要らない、と言う。
食べられないんだったらもらいましょうか?って聞いたら、そうではなくて、食べないんだから割引してほしい、と言っていた。
これは率直な意見やスタンスを発信している、ということで、ここで、食べましょうか?は、和を乱さないように、という意見。
そうして苦手なものを食べるのは、ノーと言われているのを恐れている。
自分の実家では、田舎の家ということもあってか、和を乱さない、ということが重視されていたなと思い、相手が思ったことを叶える、ということを重視していた。意見と意見がぶつかり合う、みたいなのをあまり見た記憶がない。
妻の実家に行ったら、都会の自立したキャラの立った人たちがいて、みなおのおの、自分の意見を言い合っていた。
だんだんヒートアップして声がでかくなっていく。
その結果、合意に至らず、そんな条件なら年末は帰省しません、みたいになっていたけど、それでいいと思う。
条件が合わないのに嫌なことをする必要はない。
この考えってなんだろう?ってキーワードを思い出していくと、全体最適だったり、アサーティブコミュニケーションだったり、ゲーム理論だったり、人工知能のmin-max法だったり、ハーバード流交渉術だったりするような気がするけど、全部うろおぼえなので、全然ちがうかも。