hitode909の日記

以前はプログラミング日記でしたが、今は子育て日記です

物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために

物語を通じたものごとの見方とか、固定されたステレオタイプやキャラクターを通じた振る舞いかたを強制する、という見方を批判する本。
会社でメンバーの人事評価や、その手伝いをしていると、期末に、半年分のストーリーを語ることになる。これは全員の思考を同じ形に強制してるんじゃないか?その時点で考えが合わない人はまったく評価できないということ?と、ちょっと怖い側面があるなと思っていた。


ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ、という章がある。その中では、ゲーム、パズル、ギャンブルは、個人的にはあまり好きでなくて、決まった遊び方になるのがおもしろくないな、と思う。ゲーム機は持ってるけど、ほぼカラオケ専用になっている。パズルは、めんどくさいからやらない。ギャンブルは、株主優待がほしくて株を買い集めているくらい。
唯一好きなのが、おもちゃを買うこと。ただ音が出るデバイスとか、手の中でころころ転がすと良い音がする球体、とかを買って遊ぶのが好き。
僕は新しいWebサービスを見ると、とりあえず変な入力を入れてみて、変な振る舞いをするかどうか観察して、おかしなことになるのを見るのが好き。
なんでこんなことをしてるのだろ?と思うこともあったけど、おもちゃ遊びというのは破壊すること、と書かれていて、そういうことだったのね、と納得した。


この本を読んでから、子がすることにたいして、壊れるからやめよう、とは言わなくなった。
遊ばなくなったら他の子が遊び、壊れる、もしくは、今遊んで壊れる、もしくは、捨ててゴミ処理場で燃やされる、のいずれかなら、結局、壊れるのだし、おもちゃの遊び方って規定されてないのだから、好きに遊んで壊れたら、それはそれでいいじゃん、と思うようになった。トイ・ストーリーを見てると、おもちゃに爆薬をくくりつけてロケット発射実験をする子どもが出てくる。おもちゃの立場から見るとさみしいことだけど、いずれ壊れるおもちゃ遊びとしては、それもまたよし、ということ。