hitode909の日記

以前はプログラミング日記でしたが、今は子育て日記です

広島旅、2日目。広島市現代美術館でやってるフィンランドサウナ展に行きたい。
子は興味ないだろうと予想していたら本当に興味がなく、それに加えて、朝から島を脱出して移動などしていたので疲れて車で寝ていた。
それを起こしたら機嫌が最悪で、美術館に入ったらまた寝てしまって、チケットカウンターの向かいのソファで1時間くらい昼寝していた。

展示は高速に眺めて終わりくらいで、どちらかというと美術館の喫茶店のほうが印象に残っている。
カレーを食べたら、トマトが効いてておいしかった。子は辛いと文句を言い、サンドイッチを注文し、それも硬いと文句を言い、つづいてキャロットケーキを注文したらようやく落ち着いて食べられた。
美術館に入ってるようなカフェでこんなに飲み食いするのって新鮮。

妻が東京に行く用事があり、子にその間に何をしたいか聞いたら、うさぎの島に行きたいと言う。
うさぎの島は広島の毒ガスの製造をしていた島のことで、以前一度行ったことがある。
前回は夕方に行って夕方に帰っていたけど、今回は宿泊してみることにした。島に休暇村という施設があって宿泊できる。
施設は結構レトロで、前に住んでた築50年のアパートに近い雰囲気があって、それが良い。
窓を開けたらうさぎがウロウロしてるのが見えたり、海が見えたり、でかい南国の木みたいなのが植わってたりして雰囲気が良い。

雰囲気の良い場所に行くのって運頼みなところがあって、天気が良ければいいけど、天気が悪ければ悪い。
今回はとても良かった。
どの体験が良いか、ということよりは、雰囲気が良い空間、というのが好き。

聖徳太子VS文通VS秘書

AIを使った並列作業、というと、どちらをイメージするだろうか?

  1. 複数エージェントを同時に動かし、聖徳太子のように打ち返し続ける
  2. 朝に1回メッセージを送って放置、文通みたいな感じで、翌日にでも返事が来てたら様子を見に来る


1の聖徳太子スタイルは、SNSなどで、何並列で頑張ってます!みたいな人を見るので、バリバリ使うというとそういう活動をイメージすると思う。
しかし聖徳太子の何がすごいかというと同時にいろんな人の話を聞けたことで、普通の人間にはできないのですごいということになっている。
コンテキストスイッチが数秒単位で発生するので、苦手という人も居そう。
ペアプロで聖徳太子スタイルをやると、このセッションは何だっけ…とついていくのに苦労する。


2の文通スタイルについては、一見すると、手でやったほうが早いと思ったり、完成するまで数日かかってしまい、時間がかかると思われるかもしれない。
しかし、手作業で順番にやっていては手を出せない部分にも、こういうアプローチで手を出すことができる。
やりたいことがたくさんあるときには、期待値低めでお願いしておいて、完成したらラッキー、もし完成していなかったら、いずれ自分でやろう、くらいの気分で依頼するのも有用。
いずれ自分でやるときにも、AIが手を出して失敗した残骸があれば、これと同じことをやったら失敗するという事例として参考にもなると思う。
何度か依頼したけど失敗した場合には、このアプローチとこのアプローチはダメだったみたい、という蓄積があるだけでも、問題にあたりがついていて、手で直すのも簡単になっていると思う。
コンテキストスイッチは1日に1回程度だし、朝にチャットのログを見回って返事して回るのと同じような気分で処理できる。


文通モデルのリスクとしてはAIに依頼したことをほったらかしにして忘れ去られていくということがある。
これについてはAIを秘書のように使って、自分の依頼したタスクたちがどうなったか整理してもらったりとか、Claude Codeのデスクトップ版だと、人間の反応待ちのセッションがいくつあるよ、というダッシュボードが出たりするので、そういうところから拾っていくことが重要。
僕は朝に/ohaとか書くと1日分の作業予定をまとめたテキストファイルを作ってくれて、このPull Requestをいい加減完成させてください、10分で返事が終わるのにやっていないのは怠慢、とかそういうことを言ってくれるようにしている。
帰りには/byeって書くと1日の仕事をふりかえって、10分で終わる返事を書かずに新しいことに手を付けるのは優先度設定がおかしいとか、正論で説教してもらえるようにしている。

KYOTOGRAPHIEを巡る日、2日目。
子はつまらなさそうで、森山大道が始まった瞬間、怖いとか言って、展示室で寝てしまい大変だった。
だいたいモノクロでありながらカラーの写真もあり、モノクロだと、内容が不明瞭なので、これは何だろう、と気になるけど、カラーだと、なにか分かっているのであんまりおもしろくない。見方がいまいちわからなかった。
隣の部屋もアパルトヘイトで、それも子は興味なさそうだった。こういう場で社会を学ぶことができるのはおもしろい。
外の屋台に食べ物を探しに行ったら、なぜかどこまで行ってもワンちゃんのごはんが販売されていた。
京セラ美術館の期限が切れた年パスを買い直そうと想っていたけど、子がぐにゃぐにゃすぎて断念した。全部見ようとすると7個くらい展示が同時開催されている。

写真展に行くとカメラをぶら下げている人が多い。
絵画展だと筆を持ってきている人はいないので、見る人とつくる人の距離が近いのだと思う。
見た人がやってみたいと思うというのが趣味としての魅力があるのかもしれない。
剣を丸呑みにする、とか、笛でヘビを操る、みたいな趣味は、あんまりやろうと思われないと思う。

KYOTOGRAPHIEを巡る日。
最初の頃は、写真を見るだけで5000円…どういうことなんだ…と思っていたけど、すっかり暮らしに溶け込んできていて、いろんな場所に足を運ぶきっかけになるので良いイベントで、祇園祭より楽しみにしている。
当然例年あるものとして期待しているのでなくなったらけっこくショックだと思う。

誉田屋源兵衛にはこの日にしか行かない。普段は入れるのか?普段は何をやっているのか?よくわかっていない。
写真展の写真はメディアであって、メッセージを乗せる手段であって、主張を見せてくれる。女性の立場向上、とか、靴磨きをする人たちへの差別を解消したい、とか。
NTTの建物では子どもの写真展もやっていて、毎回思うけど、写真とタイトルが揃って初めて価値が見出されていると感じる。写真にどんなタイトルを付けるかは、写真にどういう意味を与えて見せるか、ということ。
写真1枚についてメッセージを伝える、というのが一番よく出来てる子供の活動だとして、それを推し進めていき、展示という形で、写真の集合や文章、いろんなメディアのアイテムを使ってメッセージをつ足られるようになると、写真展になる、という理解。

このガラス1枚で家が買えるらしい
家が買えるガラスにシールを貼っている

保育園のクラス会。
夕方にあるので、弁当欲しい人を取りまとめて、弁当を持っていく習慣がある。
我々が以前スーパーの弁当を持っていったときは、子どもたちは、ご飯がかたーい、とか言ってあまり食べていなかった。
今日手配された弁当はご飯もちもち〜とか言って完食していた。
プチトマトはみんな苦手みたいで、ノートパソコンの上に吐き出してる子もいた。